誰のために生きる?発達障害の娘と私

なんでも引き受けてしまう私。そろそろ限界かな。

今日は節分らしい

私は季節の行事を大切にしない人だ。節分の恵方巻きは大阪の海苔屋が仕組んだらしい。土用の丑の日は平賀源内のキャッチコピーだったらしい。バレンタインの起源はまったくお構いなしでなぜかチョコレート会社の戦略にはまり。クリスマスやハローウィンは日本ではパーティの日となっている。こんなことを知ってしまうと、なんて日本人は商業ベースに踊らされているのだろうと思って反抗したくなるのだ。

 

私はクリスマスプレゼントをサンタにもらうという夢を見たことがない。というのは最も古い記憶が5歳のクリスマスの朝。目が覚めたらプレゼントが置かれているはずの朝。たぶんそのとき欲しかったおもちゃが置いてあったんだけどソッコー暴露。

「サンタクロースはいないのでこれでプレゼントは最後。親が買ってたんだよ。」

???私の最古の記憶がサンタがいない情報なのだ。それ以前にもらっていたかもしれないプレゼントの記憶のかけらもなく私の記憶はそこから始まった。後で知るくらいなら信じていないほうがいいと思った。現実はこんなもんだ夢なんかみてんじゃねー。というところから人生がはじまったようなものだ。

兄と10歳、姉と8歳も年が離れているのでめんどくさくなったのだろう。かといってなおざりにされていたわけではなく定期購読のレコードと絵本とか、ちょっと教育っぽいものは与えられていたし本屋に行けば絵本などもよく買ってもらっていた。だが読んでもらった記憶はなく自分で読んでた覚えしかない。読んでもらっていたら申し訳ないけれど最古の記憶が5歳だからしかたない。

私は幼稚園に1年しか行っていない。(ようだ)そのたった1年の記憶が踊りたくないお遊戯をイヤイヤやっている自分だけ。「こんなガキくせーことやってらんねいよ。」と渋々踊っていた記憶。それ以前の記憶がほぼないことは今の私にかなり影響している。

二人の子どもたちは今は3歳からは確実に記憶があるようだ。1~2歳のことでも覚えていることは少しあるのは写真を見てたからかなと思う。私は七五三の着物を着た写真もあったのだけどそれも面倒だったのか3歳の1回だけ。関西では女の子は当時3歳と7歳にしたものだが記憶のない3歳(数え年なので満2歳?)のようだ。

 

要約筆記の認定試験がせまっていて、なかなか書けなかったけど。

今の自分を作ってきたものを思い出したのは行事を大切にしないやつだな~って行事のたびに思い出すから。

私のせいで子どもたちもあんまり行事を大切にしないので特に息子がもし結婚したら相手がちゃんとする家だったらギャップに驚くかもしれない。一般的な家庭の姿も教えなきゃな~。

娘がもし結婚したらどうしても理解できないかもしれない。理解できないことを理解してもらうしかないな。