誰のために生きる?発達障害の娘と私

なんでも引き受けてしまう私。そろそろ限界かな。

葬と婚 人生の時の流れ

今週は怒涛の1週間だった。10月から町会長さんが入院していたので会長代行ということで引き受けたが、2か月ほどの闘病で亡くなってしまった。通夜、葬儀に参列した翌日に連合会議に出席。次期会長と認定されてしまい今後どうなることやら。今年度の後始末は引き受けたが会長は引き受けていない。早速、亡くなった町会長が連合の会計を担当していたため席に穴があいてしまい入れられそうになるが今年度の始末ができるかどうかわからない状況で引き受けられないと一旦は逃れたが会計決定は先送りになった。町会の存続さえも危惧される状態の超高齢化した地域なのでだれもが先々の責任を持ちたくないのだ。実際、連合の中で私が最年少なのだ。

そして今日は甥っ子の結婚式だった。25歳で今時の男の子にしたらわりと早めかなと思うが甥っ子は3人いるが全員20代で結婚した。

結婚した甥っ子ヤングケアラーであった。ヤングケアラーというのは親や祖父母の介護や家事をになう主に10代の青年。(最近は20代も含まれるようになってきている)彼は高校に入ると同時にアルバイトをして全額を生活費として入れていた。家事や実質的な介護などの他に幼い兄弟の世話や彼のように家計のために働くのもヤングケアラーに含まれるとされている。当時、本人も家族もそういう意識はなかっただろうけど今年は流行語にあげられるほど認知されてきている。しかし詳しい定義や実情はあまり知られていないだろう。

彼の場合は父親が単身赴任にも関わらず薄給だったため自分の給料をすべて自分のために使い生活費をいれなかったからだ。(金遣いも荒かったせいもある)彼は高校を卒業してすぐに就職し同時に両親は離婚。その後は母親と妹を支えながら働き結婚に至ったというわけである。近所に住んでいたのだがまったく実情を知らなかったので、その事実を知ったのは離婚してからであった。

久しぶりに彼に会ったら別れた義妹の夫に生き写しだった。遺伝子とはすごいものだ。

町会長さんの葬儀も最近にしては参列者が多く(会社経営でもあった)幼稚園から中学生くらいのお孫さんたちが出棺のときに泣く姿にもらい泣きした。最近は享年90以上の大往生ともといわれる葬儀ばかりだったので70歳で急逝したのはとても早く感じる。

今週は悲喜こもごも人生の流れを改めて感じた。こうやって人生の前後を見直しながら自分の行く末を考えたり覚悟したりしていくのかな。