誰のために生きる?発達障害の娘と私

なんでも引き受けてしまう私。そろそろ限界かな。

発達障害はニューロダイバーシティ

今日は人権学習で発達障害について幼稚園の保護者さんと勉強。講師は特別支援教育などに携わってこられた元小学校の教員(最終は校長先生)

今回、初めてタイトルのニューロダイバシティーダイバーシティ)という考え方を教えていただいた。ダイバシティとは多様性と翻訳される言葉ではあるがよく利用されるのが性自認についてかもしれない。いわゆるLGBTQである。(SOGIという考え方も基本は似ているがこちらの方がより柔軟性がある内容に感じる)

やっとLGBTという言葉が知られるようになったがそれがさらにLGBTQもしくはSOGIという言葉を選ぶべきという流れになっている。それは別途お調べいただいくとして。

ニューロは脳の神経のニューロンから来ているのだろう。脳のニューロン同士のつながりで私たちは生命の維持をし、感情、感覚を得ているわけだけどここからここまでが正常なニューロンでこっから先は障害というのは切り分けることはできない。病気ならば左脳の言語をつかさどるところに脳梗塞ができたら言語障害が表出するとかその働きに直接関連することもあるがそれはニューロンとは違うものだ。言語訓練などのリハビリで他のニューロンがつながりあって脳の機能を補い機能を回復できることもある。(必ずしも機能回復するわけではない)

発達障害で見られる過集中をあげるとどこのニューロンの信号がここ途絶えたから障害だと言えばそれは生活に差し障るから障害であって集中して何かに取り組めることとは才能や個性でもあったりする。だからニューロダイバシティとは多様な脳の働きがありそれぞれの人がダイバシティな脳神経であること。わかりにくい?というか説明もしにくいけど自分の中ではとてもニューロダイバシティという言葉に納得した。

元教員だけあってHSCについても教えていただいた。ハイパーセンシティブチャイルドの略。とっても繊細な子ども。発達障害とは違うけれど発達障害が約6%HSCが3~4%近くといわれているそうで30人のクラスなら約10人の支援や配慮の必要な子どもがいる可能性があると言われているそうだ。ますます教員の力量が重視される。

それにやっと教育が対応してきたのがタブレットの配布である。計算や読み書きの障がいにはタブレット学習で補えることがある。文字を書けなくても入力できれば事足りる世の中になってきたのでそれを寛容に受け止める方向性がやっと見えてきたのではないか。世間の「~でなければならない」は少しずつ解消されるべきだろう。

また、発達障害の方を積極的に雇用する企業も少しずつだが増えてきていてあえて発達障害のある方を募集し、どういう特性があり苦手なことを踏まえたうえで得意な分野をもつ人を採用しその力を生かしているそうだ。

娘はそういうのがみつけれないのだけど‥そういう仕事に出会えれば楽しいだろうな。