誰のために生きる?

あまりにも人に尽くしてきてる気がする私。それが自分にかえってきてるとも思ってます。

情報弱者になる人ならない人

今日はぜんち共済さんの「親も子も幸せになる発達障害に課題がある子の育て方」のウェブサイトセミナーを見た。立石美津子さんが講師だ。

立石さんの息子さんとうちの娘は同じ歳で当時の発達障害の診断の難しさなど状況がほぼ一緒で同意することも多かった。立石さんは教育者なので教育からみた面と発達障害の子をもつ親の両方の心情が語られた。

発達障害の場合IQによって療育手帳じゃなくて精神じゃないと手帳をとれない地域があるとか子どもさんが小さい方には参考になることが多かったと思う。進路選びから成人後から親なきあとまでどうするかという考え方も聞いた。

私はこういう情報を探すのが好きだ。だから福祉サービスも自分から言わないと国は何もしてくれないと知っていた。でもそれを知らない人がたくさんいるのも知っている。

以前、私の友人が20年も前から障害手帳を持っていたのに障害年金の手続きをしていなかったことを書いたことがある。昨日、どうして年金手続きしなかったのかを聞いたが本人知らなかった上に目や耳という情報源の障がいなので知ることができなかった。そして親や夫がプライドか、めんどくさいと思ったのか知らなかったのかどうかもわからないが手続きをしなかったようだ。本人がわかっていても手続きが難しい状況だったのは間違いなさそうだ。

私は手帳をもらったらとっくに成人していたので年金でしょうと思うのだがそういう考えに到らなかったらしい。

情報というと自分の子どもの進路選びもそうだ。娘は小学校は通常学級から入れたにも関わらず4年生から特別支援学級に変わった。知的にはギリギリかもしれないけど家で勉強をフォローすれば十分ついていけていたし4年生なりの学習をさせてもらいたかったが特別支援学級ではそれがかなわなかったということがある。立石さんのお子さんは特別支援学校から地域の特別支援学級に転籍したそうだ。娘はダウンし立石さんはアップしたことになる。支援学級に入ると通常には戻れないとよく言われるが場合によっては変わることができるし通常が必ずしもその子に会っているとは言えない。

娘の進路は私は想定していたのもあったけど満足いく対応ではなく迷い迷った。確かに通常学級にいると障がいのある子の親との交流がないので生の情報は入りにくかったと思う。

支援学級では支援計画をたてることになっているがそれも聞かないと見せてくれなかった。たぶん言わなければ作っていなかった。それは私が計画があるという情報を得ていたからで他の支援学級の児童の親が知っていたかはわからない。障害がある子は別枠に入れて通常学級の運営に邪魔にならないようにしたいというのが学校の本音かな?とも疑ったものだ。

介護は情報戦と言われている。障害も同じくで福祉サービスが必要な人には情報が大切なのだ。国や市町村は情報を知りたいと言った人にしか公開してくれない。情報に貪欲になるしかないのだ。この国は生きにくい。

↑ 立石さんの著書で興味深いと思ったものと息子さんに関する本です。