誰のために生きる?発達障害の娘と私

なんでも引き受けてしまう私。そろそろ限界かな。

娘の通所先はエステ

最近、セルフエステは予約が取れたらほぼ毎日通っている娘。

エステを機に嫌がっていた自転車に乗るようになった。自立訓練の場所は最寄り駅の電車の沿線で家からすぐに行けるのだけどエステの場所は違う沿線なのでエステの後に行こうと思ったらバスに乗って電車に乗り継がなければならない。それでも朝のうちの予約が取れたら午後1時には通所できる。はずだった‥

しかし自転車でエステに行くとバスで行く距離を走って駐輪場に停めてという手間を考えると家からバスで行く効率的。なので自立訓練に行く気があるときはバスで行っていた。のだけどエステは行くのに自立訓練に行かない日が多くなり自転車で行って帰ってくる。

食べる量は相変わらず多い(笑)のに1か月で2キロほど痩せた。自転車とエステの成果か?

楽しく美しくなることはいいことだ。しかし自立訓練の期間は2年限定でもう半年過ぎてしまった。

私は焦っている。焦りすぎなのはわかってるんだけど私がいつまでこの子と一緒にすごせるかなんてわからないから一日でも早く自立を見届けたい。そんな歳じゃないよね、重病抱えてるわけでもないよね。と思われるが、だれもが1時間後に生きている補償もないけど明日も来年も10年たっても、おおよそ平均寿命と呼ばれる年齢まで生きている予定で日々を過ごしているだけだ。

働けなくてもいい。生活の自立と居場所の確立。娘を見守る目の多い場所に居てほしい。その思いは娘には重すぎるのか。

なぜかというと母と姉が最近まで共依存の状態でいたので最終的に二人を引き離さざるおえなくなったことが私と娘に重なるからだと思う。今の状態を二人が納得しているわけではない。もっと早く本人たちが納得して自分の道を選んでくれていたらと思う。私に二人の行先を決めさせたのは母なのだ。ああなりたくない反面教師が身近にいるからだ。結局、私と娘を引き離す役目を息子にやらせることになったら私と同じ思いをするのではないか。親やきょうだいのことでこんなに私に心理的負担があるとは思っていなかった。息子には感じさせたくないからだと分析している。

私は実際にケアしてたわけではないけどきょうだい児ってだれもがヤングケアラーなんじゃないかと思う。