誰のために生きる?発達障害の娘と私

なんでも引き受けてしまう私。そろそろ限界かな。

自閉症だったわたしへ 自閉症と愛着障害

やっとこの本を読みました。というか辛くて読み飛ばしました。こういう文章はとても私には合わないというか。概要がわかったのでいいかと(>_<)

 

よく自閉症児の特徴で生まれた時からあまり手がかからず少し成長すると変わった子だと言われた。というパターンは定番なのですが著者の場合は受動型なので、空気を読めないことに気づいてそれに適応するもう一人の自分を作り上げることによって無理やり適応していこうとするタイプ。何人もの人格が彼女の中で作り上げられる。双極性障害かな?とも思うが自分が今何で対応しているかの自覚があるのでそうではないらしい。

積極型の人はあきらかに周囲から浮いていることに気が付かないのだけど浮かないようにできるのが受動型。娘は根本は孤立型かと思っているけど受動型傾向もある。

私が着目したのは著者の家庭環境。今でいう毒母にもとれるしネグレクトに状態であったということ。母親は兄を溺愛し扱いの差も激しい点。

思春期は家出をしたり交際相手から虐待されたりというさんざんな目にあう。これってマインドコントロールされて逃げれない状態にされる犯罪だよな。というところから抜け出していく。その後、学びなおすことで自閉症との付き合い方に気づき、それを自分で分析していく。

 

👆これも読みました。自閉症だったわたしへの著者とよく似た経過をたどっているのはわかりました。この方もお姉さんがいてお姉さんは摂食障害になっている。家庭環境については深くは触れていないが摂食障害の姉にかかりきりだった面があるかも?

知的な能力は両著者ともかなり高い。だからこそ自分を客観的にみて文章として世に出すことができたのだろう。娘にはできません。

同じ日本人であるためか無限振子の著者の学生時代は私も同じ思いをもって過ごしていたところもあり、そういう考え方になるのが自閉症なら私は自閉症と診断されてもおかしくないのかもしれない。私は自分の中にもう一人の自分を作ることを意図的にしようとしていた。ただ、今はこういう人間なんだと思っていてこれは私ではない仮面をかぶっているんだと感じはしなかった。そこは違う。

「おそうじします」という漫画で主人公の元夫と今の妻に生まれた子が発達障害と診断されるがIQが低くない境界のため療育もうけれず幼稚園にも入れてもらえないというところがあるのだが、今の妻がネグレクトだったため発達障害の症状を呈していた。これは愛着障害なようだ。最終的には主人公が引き取り愛情を受けたので発達障害じゃありませんでした。めでたしめでたしなんだけど。漫画なのでこのようになっているが自閉症のような症状がすべて持って生まれた脳の障害ではなく後天的なものもあることも考えさせられる。愛着障害の定義もしっかり学んでないので断定はできませんが。

それを知ると、わたしへと無限の著者が愛着障害だったとしてもおかしくはない。だけど私にはその差がわからない。