誰のために生きる?発達障害の娘と私

なんでも引き受けてしまう私。そろそろ限界かな。

私はキーパーソン

9月になった。叔母が亡くなってもうすぐ1年。キーパーソンとして私が学んだことを今月は書こうと思う。

キーパーソンとして私が動き始めたのは2016年8月。実家に帰った時に母から叔母が老人ホームに入居したと聞いた。叔母は独身だったので世話する人がいるのかと聞くと私がすると母は言うが‥

母も老人なのでとても手続きなどできそうにもない。姉は精神障害、兄はちょうどその頃に強迫性障害になり仕事を早期退職したばかり。本当なら独身の兄に任せたいところだがとても任せられる状態ではないことは明白。

私がお世話することに母も同意。そりゃあそうだろう。叔母は父とその弟の三人きょうだい。弟たちははさっさと死んでしまったし叔母には子どももいない。必然的に弟の子どもである甥姪しか看るものはいないのだ。

早速、ケアマネジャーさんに連絡をとり叔母に会いに行く。叔母は大阪の繁華街にほど近い住宅地の老人ホームに居た。老人ホームの種類は色々あり叔母が入った当初はサービス付き高齢者向け住宅だった。基本は賃貸住宅でヘルパーさんはケアマネジャーが申請しただけの介護をする。そして同じビル内のデイサービスで日中過ごすが入居当初は介護度が低いので毎日デイサービスを利用できる点数がなかった。サ高住とはいえ叔母が入居したのはまったくのワンルームマンションだった。

私は仕事で何件かの施設をみたがこんなところは初めてだった。一応バリアフリー仕様には見えるがお風呂は段差ありデイサービスで入るから使わないしムダなスペースだ。入口から短い廊下、使わないお風呂とミニキッチン。ビジネスホテルにあるような小さい冷蔵庫。窓際に沿ってベットを置くと空きスペースは畳1枚ほど。とても狭い。

家賃が4.5万、その他もろもろ光熱費や管理費などで15万円程度ここに住むだけで必要だ。介護保険、医療費等の2~3万で毎月17万円ほどが必要だ。こちらの地域の平均的なサービス付き高齢者向け住宅の金額かと思う。

私がしたキーパーソンは実際の介護を担うわけではなく介護プランの内容を確認してお金の管理をする程度だ。ほとんどケアマネジャーさん任せで書類等確認、整理や叔母の私物の整理などするだけだった。叔母は入居当時はまだ手押し車を押して歩けたので車いすはいらなかったがこの部屋で車いすを方向転換するのは難しそうな部屋だった。

もう少し部屋が広くて同じくらい費用のホームはたくさんある。私の家から片道30分ほどで行ける場所で交通の便は良かった。狭いわりに高いのは繁華街そばという立地かと思われた。

次回は叔母がホームに入った経緯とまさしくそのキーパーソンになったとんでもおばさんのことを‥