誰のために生きる?発達障害の娘と私

なんでも引き受けてしまう私。そろそろ限界かな。

家事能力の重要性

息子が帰省している。(自粛しろと思われるかもしれないけど許してださい)なんせコロナのおかげで出張でこちらに来た時に一泊するくらいで連泊はこの1年半近くなかったのだ。息子は一人暮らしをして主夫力が増してきた。誰もがやりたくないところの掃除が気になるらしくトイレやお風呂の排水溝も気になったようで自分が入るときに掃除してくれた。

 

以前は母の仕事だと思っていたけど一人暮らしをして自分がしなければ誰もしてくれない環境になったのが良かったのだろう。男子こそ一人暮らしをさせるべき。女子よりどうしても家事を教えようという気力が母には生まれないのだ。「これからの時代は結婚しても家事ができない男は捨てられるで」と度々言っていたが、親がしてくれるうちは何もしないものだ。

ただ料理は冷蔵庫が小さいことや食材の管理が一人では難しいところもあり積極的ではない。二人とも卵焼き程度。料理以外のある程度の家事はできる。ただ料理は一番アウトソーシングしやすい分野である。どうしてもエンゲル係数は上がってしまうけど‥

自分の母が高齢になり料理をしなくなって足が痛く掃除もつらくなってヘルパーさん任せになってきたことから本当に最後に必要なのは家事の能力だとしみじみ思った。その点、義母は真夏の暑い時間でも自転車に乗って買い物も行くし、庭いじりもするし料理は三食作るし。逆に止まったら死んでしまうのかというほど動いている。気質の違いなんだろうな。

 

子どもには障害があろうとなかろうと家事能力はある程度教育すべきだと思う。娘が得意なのは名もなき家事といわれる補充とか交換とかささいな事がだがとても助かる。これは教えなくても気が付いてくれるようになった。洗濯物をたたむのも収納するのもこだわりがあるので私がたたんだりすると直されてしまう。小姑みたいなので最近は任せている。

身体の障害がある場合、ヘルパーさんに指示してして料理をしてもらうという番組を見ることがある。障害のある方の指示どおりにするので味付けも大さじ1と言えばその分量を入れる。介護者が多いとか少ないとか言わないのだ。味付けは指示する側(障害者)次第ということだ。実際には料理をしないのに調味料の分量を決めるというのも経験値が必要。自分で料理しているとの同じで失敗をくりかえして料理をすることに変わりないのだ。