誰のために生きる?発達障害の娘と私

なんでも引き受けてしまう私。そろそろ限界かな。

マイノリティーの中のマジョリティー

4連休終わりました。どこにも行く予定がないので大半は寝て過ごしていました。最近の私はこんなことが多い。更年期って眠くなるのか?眠れない人のほうが多いような。(笑)

前回は普通について書きました。娘の周りのマイノリティーな世界を少し書きます。

マイノリティーって言葉は調べると少数派なんですね。最近の使い方はLGBTや障害者、差別を受けた(ている)人を指すように思う。

多くの子どもが学校に行けるのでまず不登校はマイノリティーだ。不登校はマイノリティーかもしれないけど珍しくもない。ひきこもり先生というNHKのドラマが最近まで放送されていたが不登校の子どもたちを集めているステップ教室があった。その場合は娘の学校では別室登校と呼ばれた。こちらも行ったけど同じ学年の女子一人だけだった。あんなにぎやかな別室登校はない気がする。

不登校になって娘が最初に行ったのは適応指導教室。主旨は学校復帰を目指す子どもの学びをサポートするところ。だいたい中3の子がこんなことじゃいけないな高校行こうかなと重い腰を上げて通い始めることが多い。娘は6年生だったので小学生は誰も来ていなよと言われたくらいだ。マイノリティーの中のマイノリティー

マイノリティーの中の大半が中3生。大半がアニメオタク。だからこの世界ではマジョリティーがオタクなのだ。その中でも中3の女子にはかわいがってもらえて楽しみも多々あった。友チョコつくったりカラオケに行ったり。初めて同年代の子ども同士で遊んだような気分だっただろう。彼女たちとの交流も卒業してしまうと1~2回で終わるのだが。

娘の場合、マイノリティーの中でもマイノリティーゆえ交流が難しい。アニオタやジャニオタじゃないと話が続かない。マイノリティーにも主流があるんだということをここで知った。のちに続く、別室登校、全寮制のフリースクールでも同じなのだ。このマイノリティー要素の強さが今も人との交流を難しくしている。

ちなみに私が住んでいる市の適応指導教室は名前を変えて学校復帰を目指すことは目標ではなくなっていて学びのサポートや子どもの交流の場へとシフトしている。私はこれこそ正しいと思う。学校復帰が絶対だと子どもは窮屈だ。学び、人とふれあうことで外に出る自信を養わなければいけないし出れない場合でもその子を認めるということが大事だ。