誰のために生きる?発達障害の娘と私

なんでも引き受けてしまう私。そろそろ限界かな。

みんな普通じゃないのが当たり前

普通という言葉の基準がわからない。最近とても思う。

普通の人生、普通に結婚して家族を作って普通の生活ができるのが幸せ???

だれが作った普通なんだろう。老後2000万円問題のモデルが年収平均で専業主婦の夫婦が普通なのでそれで計算。家族だと4人が平均的(一姫二太郎が最も普通)。平均点が普通。

だれもが普通という言葉に踊らされている。

私の家族について前にも書いたが兄はアスペルガー傾向の強迫性障害、姉はおそらく知的障害からの二次障害の統合失調症。私はなんとか大きな困りごとではないが自分ではADHD傾向を感じている。

障がいがないのが普通ならうちの家族は普通じゃない。普通なんてないのが当たり前じゃないかという概念はだれも持ち合わせていないのかな。普通じゃないから秀でた才能を発揮してもてはやされるの人がいる反面、平均値より大きく劣っていると見下され差別される。

娘が普通じゃないのは重々承知している。でも同級生が結婚した、同棲してる、大学に行っている、ボーナス何十万円もらった。全部が普通だったら娘は何ひとつ普通じゃない。いいな~普通はそういう歳なんだよねってどっかでうらやましく思ってしまう。私はまだ普通に縛られている。こんなに普通じゃない環境と生き方なのに。

娘は見た目は20歳中身は10歳。永遠の10歳なのに私は年を取っていく。私が80になったら8050じゃなくて8010なのだ。まあ娘の体は老化するが。

姉が入院して60歳にしてほぼ80歳くらいの老人のようになってしまった。(食事や排せつの介助がいる)このまま亡くなってしまったらホッとしそうな自分がどこかにいる。そんな自分が恐ろしくもあり当たり前だとも思うきょうだい児の気持ち。普通じゃないんだろうな。誰もが普通じゃないのが当たり前だと自分に言い聞かせているのか…