誰のために生きる?

あまりにも人に尽くしてきてる気がする私。それが自分にかえってきてるとも思ってます。

あとの祭りだった件

前の記事のあとの祭りの話。

母は近所のかかりつけ医がいた。そこに姉も連れて行っていたがその医者がかなり怪しい。かなりのおじいさんみたいで近所の高齢者には支持されているらしい。そこで母が心臓が悪いかもしれないと24時間心電図を受けたのは電話で知らされた。

母が珍しく電話をかけてきた

母/「私、心臓ペースメーカーしてるねん」

私/(びっくり)「ペースメーカーって手術して心臓につけるやつやでいつ手術したん!」

母/「手術なんかしてへんよ。なんかパットを張り付けてる」

そこで私は心電図なんだなと推測。

私/「それは心電図やと思うよ」

ひと月ぐらいたって心電図について聞いてみた。

私/「心電図の検査結果どうやったん?」

母/「いいわけじゃないけどすぐに何というわけではないみたいでまたしんどくなったらいうて病院紹介するからと言われた」

私/「すぐに大きい病院に行くような状態ではないってことね」

母/「そうなんちゃうか」

年取ればあちこち悪いところが出るものである。しかし母はこのときとてもしっかりしていたせいもあり、まかせっきりだった。まさかここまでとは‥

その1年ほど後になるが母の姉が90歳で亡くなった。私からすると叔母になるわけだが。その時に叔母が心臓の病気を持っていたことを知った。その数か月後のこと。

我が家はお墓が奈良の山の上の霊園で足が悪くなってと足が遠のいていたが彼岸にいくことにした。私たち夫婦と子ども、母と姉と兄もそろって山の上の墓まいり。そして難波で別れて帰ったとたん電話が。母が最寄り駅から自宅へ帰る途中で倒れ救急車で運ばれたという。一時は心停止したとかしないとか?

もう病院に着いた頃にはあの世か?と思いながら引き返し病院に向かった私。

母はケロッとしていた。すぐに意識も戻ったらしい。しかし検査してみると心臓弁膜症で重度だということが分かった。このとき母81歳。

医師からの説明を聞くと母は叔母と同じ病気だったそうで叔母もこの病気とだましだまし付き合ってきたようだ。叔母の病気がわかった時は開胸手術をすすめられ体力的にも精神的にも難しいと判断したようだ。

 

母の場合はカテーテルの手術が可能ということで手術することになるがすでに80過ぎてするものなのか耐えられるのか??でも医者にとって手術は日常。一番簡単なんですよ~みたいな説明で母も気軽に受けるという。

そこまで重度なら症状あったはず。しんどかったら言うてとか曖昧なことで本人に判断させるんかと。やぶ医者と疑ったのは致し方ない。その前後もその医者を信用できないことがボロボロ出てきたからだ。