誰のために生きる?発達障害の娘と私

なんでも引き受けてしまう私。そろそろ限界かな。

姉と娘が重なる

姉と娘が重なると前に書きましたが。そもそも長男である息子が産まれた時と二人目である娘が産まれた時と何か違うという感覚が最初からあった。

 出産後、落ち着いてまじまじと娘の顔を見てみる。「あれ?姉ちゃんみたい」私の姉に似ていると感じたのだ。

もちろん兄にも夫にも似ている(二人とも子どものときは夫に似ていた)のだがなんかこの子違うかも?という予感がなぜかあった。

20歳になった今、娘はぽっちゃりしている。20代のころの姉ほどではないが姉と娘は巨乳で太めなのでどうしても見た目も重なってしまう。これは娘には絶対言えないが。

姉は母が気が付かなかったのか認めなかったのかは不明だが明らかに知的障害があったと今では思う。父は無関心だったのかわからなかったんだろう。

私はいち早く気が付いてできる限りの療育を探し支援を求めた。そこが母と私の違いである。娘を姉のようにしてはいけない。その思いが私をこれだけ奔走させたのは間違いない。そもそも娘は小学校低学年の間なら勉強もついていけていたし気が付かない人ならちょっと人見知りが強い子なのよね~とかで済ませそうなレベルだったので3歳半で気が付くのは当時では珍しかったかもしれない。今は発達障害の知識も一般化してきて気が付くのが早くはなってきたが保健師さんからは神経質だと思われていた。

現在の姉と母はは昨年まで二人で暮らしてきたが母が高齢と足の具合が悪く転倒を繰り返し入院、退院しても家事ができず姉にも何も家事をさせていなかったため二人での生活が困難になってしまった。

 母が骨折のため入院したあと兄が姉の面倒をみていたが兄が硬膜下血腫で入院。私の家に引き取るのは自宅の構造上無理なため精神科病棟に入院。母はそのまま老健に入り今は特養へ。姉はどんどん病状が悪くなり長期療養病棟へ。もう二人とも家に帰れない状態になってしまった。

もとはといえば母と姉の二人暮らしを放置していたからである。しかし母が頑として私の意見を聞いてくれなかった。姉を早めにグループホームに入れるようにした方がいいと言ったのだが「あんたには迷惑かけない」と言い張ってなにもしようとせず。結局、兄の入院まで重なったためすべて私の手にゆだねられることとなったのである。叔母の入院と看取りも同時進行でかなりの迷惑でしたよお母さん。叔母さんのことは任せてと承知してましたがここまですべてが重なるとは。なんとかなったのはすべてキーパーソンで実質の介護者でなかったからできたことだ。これが介護をしていたのなら同時にこなすことは不可能だっただろう。