誰のために生きる?発達障害の娘と私

なんでも引き受けてしまう私。そろそろ限界かな。

私について(幼少期)

 そもそも私はなぜ娘のことにこれだけ奔走してしまったのか。振り返ってみます。まず生育歴から。

 私は3人きょうだいの末っ子として生まれた。兄は10歳、姉は8歳も離れていて昔は親から恥かきっ子って言うんだとも言われた。まあそこからなんで産んだんやと思うのは致し方ないと思って欲しい。しかしこの3人の中で今1番役に立っているのが私であるということは母はわかってるのか。それも定かではない。

 昔は30代で子どもを産むのは遅い方だったらしいからよそのお母さんは確かにうちの母より若かった。母にはその負目があったのかもしれないが私を産んだのが33歳だから今なら1人目でもおかしくない歳だ。

 しかも私には全く記憶もないが3歳くらいのときにストーブにかけてたヤカンのお湯を浴びて体の半分以上に及ぶ火傷を負い生死の境を彷徨ったらしい。でも気がつけば生きていた。体に大きな傷はいまもありそれ以上に心には影を落としている。母はそんな事は忘れてしまったかのように今はその事について口に出すこともない。

 幼少期の記憶はあまりなく幼稚園には1年しか行かせてもらっていない。理由は火傷の傷を晒したくないためプールのない幼稚園に1年だけ。なぜか親に連れて行ってもらった記憶もなく通園バスに乗ったわけでもなく。私は1人で幼稚園に行ってたのか?今もわからない。

 いつも親とではなく近所の子と遊びにいく公園とその幼稚園、小学校がすぐ近くに並んでるという記憶だけがあるので本当に1人で幼稚園に行ける距離だったのかもしれない。

 このようにやや放置気味にたくましく?育ったようであるが年が離れているためきょうだい関係は薄く末っ子のひとりっ子かつ長女のような役目も後に果たすことになる。