誰のために生きる?発達障害の娘と私

なんでも引き受けてしまう私。そろそろ限界かな。

B型作業所とグループホーム

 結局、放課後デイサービスの併設のB型を選んだ。但しおばちゃん先生はあまり一緒にはいてくれない。B型に入るには就労支援に行ってとても就労支援には通えませんというお墨付きの書類をを就労支援に通ってもらう必要がある。B型選んでるんだからそこにすぐにいれてくれよと思うが謎のシステムだと思う。

 とりあえず、お墨付きをもらえそうな就労支援事業所を役所に紹介してもらい短時間でも書類を出してくれるところに行く。本当は一週間くらいは通所して許可をもらわなければならないが一週間通うことができるのかどうかもわからないので3日ほどでだしてもらえるところに行く。

  慣れてるはずの作業所も相互の認識の相違もありこちらの思っていた契約内容にではなかったりで。私がよく知らなかったせいかもしれないけど担当者に不信感は募った。同じ会社の放課後デイサービスでよくしてもらっていただけに担当がかわってもちろんシステムも違う事業なんだから当たり前なんだけど‥

 最初は毎日通っていたもののそのうち休むようになり、休みの方が多くなりかなり行くことが難しくなってきたので他のB型を探すことにした。

 ネットで探すと少し遠いがバスで通えるところに手芸をする若い女の子が多そうなB型をみつけて10月からそちらに移籍した。こちらも最初は順調に通うのだがだんだん休みがちに。同じパターンである。

 ここはグループホームを新築するという話があり作業所とグループホームが同じ母体なら連携もいいだろうし送迎もグループホームからしてくれるのでグループホーム入所前提で入った。ところが建築は遅れるしグループホームは社長の弟さんの会社に委託になりB型との連携も上手くいかず。翌年7月に入所するとグループホーム世話人さんが3か月の間に3人も変わってしまう有様ででボロボロだった。しかも娘はB型にはあまり行かないという送迎があってもなくても同じという始末。

 鼻の骨がまがっているのを治す手術をすることにしたので10月で退所することになる。そしてB型もほとんど行かなくなったのでまた別のところを探すことにする。進路と同じく迷走を重ねてしまう。

 20歳前にグループホームに入れた理由は自立にむけての訓練である。孤独に耐えること世話人さんや他の入所者さんとの交流をすること家族以外の人に自分の状況を伝えたり助けてとい言えることそれを身につけさせたかったから。

フリースクールで身の回りのことは食事作り以外はしてきたのでほとんど心配なかったがやはり困っているから助けてと言える力が娘には必要だ。私が先回りしてはいけないんだ。