誰のために生きる?発達障害の娘と私

なんでも引き受けてしまう私。そろそろ限界かな。

楽しい適応指導教室

 適応指導教室とは学校に通えなくなった子が学校復帰を目指すために市が設置している。公立小中学校の児童、生徒は適応指導教室に通えば登校日数としてカウントされるため主に中3で受験して高校から頑張ろう!という子が多い。娘は行った当初は最年少。小学校の先生にも中学生ばかりだよ遠いよとは言われたが娘の傾向として年下より年上の人といる方が居心地が良い。同学年も苦手。願ったりかなったりというやつで。

 バス通学も難なくこなせた。実はこの頃はYMCAの療育にも通っていた。これは電車で15分ほどの場所でこのおかげで交通機関の利用もトレーニングになり半年ほどでまったくついていかなくても通えていた。内容は小学生だけだったがその中でコミュニケーションやソーシャルスキルを学ぶために遊び中心だった。(座学もあり)これは月1回程度だったが高額だった。娘はこれは行くけど楽しそうにしないので先生方にかなりイヤイヤ来ているように見えていたので本当に続けますか?って聞かれる位。ソーシャルスキルレーニングのプリントなどもまともに答えを書かない。考えるとか書くことを拒否しているような内容。娘みたいなタイプの子はいなくて小学生の受講者はどちらかというと多動傾向の子が多かったようだ。(男女問わず)私も悩んだが結局2年ほどは通った。

 担任の先生はほぼ毎日連絡とか顔を見に来るだけでも来てくださった。しかし学校復帰はまったくなく修学旅行も行かずだった。

 バス通学は難なくクリア。メンバーは中3女子が多く最年少の娘はお姉ちゃん方にかわいがってもらい。担任の女性の先生にもすぐに慣れた。(私より少し年下の女性には苦手意識がかなり減ってきた。20代女子はキラキラすぎてちょっと苦手)学習時間は少ないのでやはり理科社会ってこの頃からほぼしてません。(笑)でも毎日は行けず週3~4日ペース。この頃から週5通うということができない子でした。(今も)バレンタインにはお姉ちゃんたちに友チョコをつくるという経験もできて私は嬉しかった。当たり前に多くの女子がやってることをできないと思っていたので。チョコ作るって親にしたら面倒なことだけどうちの子には不可能だと思っていた(友達いないので)ことができたこと自体が嬉しい私。

 卒業式は父兄席に私と座り、皆が帰ってから証書をもらう。花道を通るなどもなく終わった。

 しかし1年ごとに見直しがあり中学校ははまた学校復帰できませんでしたとなってから再度申し込みとなる。先生も公立学校と同じ異動もあるのでとりあえず1年でいったんお別れとなる。今は市の方針もかなり変わりこの頃は学校復帰を目指すというのが基本だったがスモールステップで学校復帰を急がせない方針になった。さあ中学校ははどうでしょう。