誰のために生きる?発達障害の娘と私

なんでも引き受けてしまう私。そろそろ限界かな。

特別に?

  いよいよ5年生。もうこのままプリント学習ではかわいそう。でもついていけるかな?不安はあったが校長、教頭と直談判することになった。

 4年生からPTAの執行部の書記をやっていた私。かなり学校に貢献。(してたはず)教頭先生に用事が多いので職員室にはよく行っていたのですぐに話し合いは承諾された。

 学習は物足りないでも手厚い支援は欲しい。うちの市の場合はどっちかをあきらめないといけないとい現状だった。自然学校のある5年生。特別支援学級の子はボランティアの学生さんがマンツーマンでついてくれるという特典がありこれは手放したくない。友達のいない娘にとってはボランティア学生さんは生命線になるかもしれないことだ。

 話し合いの結果、5年生はほぼ通常学級で学習し在籍は支援学級(名目)という超特別待遇を確保した。(当時は超特別待遇だったけど今は通常学級在籍でもそういうことをしてもらえるのかもしれませんが。)

 5年生の担任は4年生の他のクラスを担任していた新卒2年目の男の先生。さわやかな感じ。4年の担任だったベテラン先生の指導を受けながら1年間担当した学年を持ちあがった。なぜこんなに持ち上がりが多いのかと言うと数年前に統合した関係で先生の在職年数がリセットされて前の学校に6年いた先生でも転勤することなく1年目にリセットされたおかげで先生の異動がとても少なくできていたという事情があるのが幸いしたのではないかと思う。

 自然学校へ行く季節はその年の順番の決め方とかあるのか毎年同じ季節とは限らない。今回は11月だったので雪は降っていないけどちょっと肌寒いかな?フリースやウインドブレーカーが必要だけど外の活動はそこまでつらくない。ちょうどよかったかも。

 1,2日目の夜、家にハガキを書くのが慣例になっているようで兄の時も書くことないんやろうなというはがきが届いたがこのときはじめて「ちょっと楽しいです」って書いてたな。それくらいうれしい、楽しいと表現することがない子なので印象に残った。大学生のボランティアが寄り添ってくれて自然学校は楽しく過ごせたようだ。察してくれる大人なら娘の気持ちを先読みしてくれるというわけだ。

 5年生の普段の様子なのだが学習についても大きな問題はないがやはりついていけない部分は少し見え始めたしクラスのしっかりした女の子からはかまってもらえる立場であり、なんというか守ってあげるけどお友達ではない感じがあふれていた。休み時間は一人で本を読んでいるのが通常でだれもそこに娘がいることを気にしていない空気になっていた。

 これは娘が反応しないせいなのだ。わかっている。無視してるのではなく何を言っても答えないからおしゃべりしようとしても面白くない。必要なことだけ知らせる必要なことだけやることを促すという対応になっていく。賢い子なら当たり前だ。先回りして行動することができないのがわかっているからそういうことは要求しないそのかわりどうしてもしないといけないことだけは知らせて仲間はずれにしてる感は出さないようにしてあげればいいんだろう。いじめてるわけじゃないんだ。周りの反応は私には当然と思えた。小学生に察してくれとは言えない。

 授業参観の日の昼休みに行くと掃除のために後ろにまとめられた机と椅子の隙間に挟まって本を読んでる娘を見て泣きそうになった。誰もそこにいないような感じ。支援学級は逃げ場として残しているのでいつでも行けばいいと言っていたがこの頃には支援クラスにはいかない日が多くなってきた。そろそろヤバいなと感じた。