誰のために生きる?発達障害の娘と私

なんでも引き受けてしまう私。そろそろ限界かな。

まあまあ平穏だけど

 いよいよ入学式。はっきり言って新入生は座っているだけで式は終わる。名前呼ばれて返事した?周りには聞こえない声で答えたっけ?忘れました。もうそんなことどうでもいいのです。だって娘は公の場で声を発するということがほぼないから。入学式エピソードとしては式は無事終えて全員が前に並んで写真撮影のとき一番最初に知り合ったママさんの子が隣の子と何かでいざこざ?隣の子の来ていたベストを引っ張り裂いてしまった事件勃発。そこから彼は結構波乱のスタートダッシュした感はある。娘は特に問題は見当たらず。

 娘はというとそれほどの問題は自らおこすことはないが全体の流れなどがわかっているのかどうなのか反応薄いタイプ。だから一人で勝手に困ってしまう。入学直後先生と個人面談してもらい発達障害の子どもを漫画でわかりやすく書いてる本とサポートブックをつくって渡した。先生は1時間位時間を取ってきいてくれたので少し安心した。

 サポートブックというのは色々あって検索してもらうと色々な既製品フォーマットありますが娘にはあわなかったので参考にして作成。もうその片鱗も残してないけど結構大変でした当時の私にとっては。

 成人した今は親なきあと相談室が作成監修されている「親心の記録 支援者の方へ」というものがありまして最近入手しましたがこれを参考にしてボツボツ作成しています。親なきあとが心配な歳になったので今後は娘の支援をしてくれる方を確定していかなければならない段階。

 一年生の時は大きな問題はあまりなかったかな。みんなワチャワチャしてるので目立たないし行動も単純なのでついていけないことはなかった。娘は当時(今も?)未診断の男の子の隣の席で逆にお世話していた。彼はADHD傾向が強いと私は感じていたので知的に問題なければ今頃は大学生か社会人になっているかもしれない。

 その子のエピソードは一年生ではじめての参観日のとき「鉛筆をだしてください」と先生が言うと一斉に子どもたちが筆入れを開ける、すると彼だけ中身は空っぽ。先生が慌てて探すとなぜか色鉛筆のケースに無理やり押し込んであった。というのが印象的。

 何か通じるところがあるんだろう。この後も傾向あるよな~っていう男の子とちょっと遊んだりしてました。なぜか傾向あり女の子は娘が合わせられず拒否強いため一緒に遊ぶとかは難しかった。このころから私と同年代以上の女性は大丈夫だったが心開くまでに時間かかるというのは長いスパンで1年とかかかわってもらわないといけない。1年生からはじめたプレイセラピーの先生も私と同年代の女性だけど結局1年位は娘から声を発することがなかったらしい。なかなか辛抱強くかかわってもらわないと難しい。1年間だけの担任の先生に心開くことは難しいのでした。